国鉄直流電気機関車の標準型EF65形では、ブルートレインで活躍した500番台(P形)や1000番台(PF形)が今も人気を集める一方、主に貨物機として一生を終えた0番台(一般形)は地味な印象だ。しかし、東海道・山陽本線を40年以上支えた名脇役は華やかな旅客機にはない、いぶし銀の輝きがあった。
EF65形は1965(昭和40)年、これまでのEF60形の改良版として、カム軸式制御器など当時の新機軸を採用して登場。79年まで最多の308両が製造された。そのうち一般形は135両を占め、東海道・山陽本線ではおなじみの機関車だった。
国鉄分割民営化では初期型の一部が余剰となったが、好景気に支えられ好調だったコンテナ列車を増発するため、その後20両が車籍復活を果たした。最終的には更新工事を受けた車両を中心に2010年前後まで活躍した。

ただ、EF65一般形は長い運用期間の割に、貨物や機関車ファン以外からの注目度は今ひとつだったように思う。自身の鉄道少年時代を振り返ってみても、興味を持っていたのはやはりヘッドマークを掲げたPF形のブルートレインの方だった。
一般形は「顔なじみ」だったものの、被写体としてはブルートレインが来る前の練習でシャッターを切る程度だった。「本命」に向けてカメラを構えていた時、それを遮るように反対側から現れた時などは、正直邪魔と感じることもあった。

1号」(左)とすれ違うEF65 66の貨物列車
しかし大人になって、世の中のあらゆる人やモノがそれぞれに役割があり、そうして組織や社会が回っていることを理解すると、考え方が変わった。単純にポジションだけで価値を測るのは少し違う気がするのだ。
鉄道の世界でも、華やかな特急ばかりでなく日常を支える列車にも目を向けていきたい—。そうしてEF65一般形を改めて眺めると、物流網を黙々と支えるいぶし銀の魅力にあふれていた。

たな塗色となって活躍を続けた=2004年
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