国鉄直流電気機関車のスタンダードで、計139両が製造されたEF65形1000番台(PF形)。現在も後期形が一部残存し、活躍期間は50年に近づいている。一方で歴史を振り返ると、寝台特急(ブルートレイン)削減などの影響を受けた短命機もあった。
◾️所属会社が運命を左右
EF65PF形は1969(昭和44)年に登場。旅客から貨物運用までこなす同形の決定版として、以降10年にわたって量産された。
78年7月からは東京—下関間のブルートレインのけん引を500番台(P形)から引き継ぎ、鉄道少年らの人気を集めた。
EF65PF形の転機となったのは、国鉄分割民営化を控えた86年11月のダイヤ改正。この時に旅客会社(JR東日本、JR西日本)所属機とJR貨物所属機に分かれ、これが後に運命を左右することになる。

在籍期間が20年に満たなかったEF65 1099。国鉄〜JRを通してブルートレインのけん引に活躍した=1990年
◾️田端所属機から廃車が進行
JR初期は旅客・貨物列車ともに主力機として活躍していたEF65PF形も、90年代半ばごろからの夜行列車削減を受け、JR東日本所属機からとう汰が始まった。
まず1011号機が95年4月5日付で廃車。田端運転所に配置された他の初期形も、おおむね2001年までに姿を消した。
車齢で言えば25〜30年程度で、電気機関車としては極端に短いわけではないが、EF65PF形のみで見ると短命だったと言える。

所属の初期形は比較的早く姿を消した=1993年
◾️車齢20年前後の後期形も余剰に
JR東日本、JR西日本のEF65PF形は後期形も整理対象となり、田端では1098、1099号機が98年に廃車。下関運転所(下関車両管理室、下関総合車両所下関支所)所属機も同様に余剰が発生した。
ただ、後期形は2000年代前半時点ではまだ経年が浅かったこともあり、廃車となった多くはJR貨物に譲渡され、引き続き運用された。
以下、EF65PF形で在籍期間が30年未満だった31両を表にまとめた。

◾️最も短命は1099号機の19年9カ月
EF65PF形で在籍期間が30年未満だった31両を見ると、先述のとおりほぼ田端所属機に集中している。
最も短命だったのは19年9カ月、かつて東京機関区でブルートレインけん引に活躍していた後期形の1099号機だった。僚機の1098号機も19年10カ月で、この2両が突出して短いようだ。その次は1011号機など田端本所の初期形が続いている。
長く東海道・山陽本線でブルートレインのけん引に当たっていた後期形も、2006年3月の「出雲」廃止以降、段階的に廃車された。近年まで主に事業用として残っていた1115号機など5両を除くと、おおむね28〜37年程度で活躍を終えている。
EF65PF形最終ロットがメインの下関所属機は、余剰車の多くがJR貨物に移った。ただ、2008年に廃車となった1125号機は例外で、下関で唯一30年未満での引退となった。

同機を含む旧東京機関区所属機は東奔西走の
活躍を見せたが、ブルートレインの削減を受
け、多くが在籍30年前後で引退した=2003年
◾️新鶴見所属の貨物機は比較的長く活躍
一方、貨物機として運用される新鶴見機関区所属のEF65PF形は、基本的には後継機EF210形による置き換えまで残り、前期形と中期形は40年弱ほど活躍した。
後期形は一部が30年ちょっとで姿を消したものの、多くは後に2000番台に改番され、現在まで現役を続けている。

往年のブルートレインけん引機も車齢47年を迎え、
今は工事臨時列車など裏方として鉄路を支えている
EF65PF形は国鉄〜JRを通じて長く活躍している印象だが、客車列車削減の影響を非常に大きかった。今回取り上げた在籍30年未満の31両がいずれも旅客会社所属、もしくはその車歴を持つことがそれを物語っている。
それでも、それぞれの役割を全うしたことは間違いなく、ブルートレインけん引機としての記憶は今も多くの人の胸に刻まれている。
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