「お好きな時代にタイムトリップ」。JR山口線を走る「SLやまぐち号」の活性化のため1988(昭和63)年夏にデビューした12系レトロ客車。趣向を凝らした5種類の客室は、蒸気機関車だけに頼っていた人気を列車全体に広げ、SL列車に乗る楽しみを演出した。
レトロ客車は5両編成で、既存の12系を改造した。1両ごとに明治風、大正風、昭和風、欧風、展望車風のテーマが設定された。その時代の雰囲気を再現しようと、内外装は大幅に手が加えられた。
レトロ客車の最後部には、オープン構造の展望デッキとソファのある展望室が設けられた。爽やかな風を受けながら沿線を眺めるのは気持ちが良く、蒸気機関車から流れてくる煙のにおいは、SL列車に乗っていることを実感させた。
筆者の一番のお気に入りは、異国の古き良き時代を思わせる欧風だった。レトロ客車に初めて乗った時も真っ先に選んだ。ステンドグラス風の仕切りが付いた豪華なインテリアで、重厚な座席が「壁」となり、ちょっとした個室のような雰囲気だった。
5種類あった客室の中では、特別感が強かった欧風、展望車風の2両が人気だったように思う。みどりの窓口で指定券を求めた際、ゴージャスな2両のみ満席だったことも多かった。
SLやまぐち号は国鉄時代の79年に運転が始まった。一度消えた蒸気機関車の復活劇は人気を集めたが、ブームが落ち着いてくると乗客数は減少した。
実際に乗るのが、当時一般的だった12系客車だったことも影響した。筆者もそうだったが、多くの人がSL列車に乗車した高揚感が味わえなかったように思う。
JR西日本が、SLやまぐち号の活性化に向けた回答として用意したのがレトロ客車だった。多彩な客室は「乗る楽しみ」をもたらし、リピート乗車も期待できるようになった。
SLやまぐち号はレトロ客車登場と前後して、駅名標から乗務員の制服までトータルでレトロ調にコーディネート。ハード・ソフト両面で懐かしさを演出した。それらは醸成され、現在活躍する35系客車の復刻新製につながったように思う。
12系レトロ客車はブランディング面においても、現在の「観光列車 SLやまぐち号」の流れをつくった立役者だった。