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初代ブルートレイン20系の車内拝見 福岡市貝塚公園ナハネフ22形を訪ねる
1958年に寝台特急「あさかぜ」でデビューし、「走るホテル」と呼ばれた初代ブルートレイン20系客車。福岡市の貝塚公園には優美な姿を伝える編成端の緩急車ナハネフ22 1007が展示されている。年2回行われる車内公開を訪れた。
115系3000番台が刻む日常 夕暮れの山陽路2時間の旅
JR山陽本線で45年近くにわたって活躍してきた国鉄近郊形電車115系3000番台。後継車両への置き換えが近づく中、今も山口県内の岩国—下関間を走っている。徳山駅(周南市)から快適な転換クロスシートに揺られながら、ベテラン国鉄形車両の日常と風光明媚(めいび)な瀬戸内海の夕景を楽しんだ。
四国、九州を走るキハ185系 「国鉄最後の特急形」が見せる汎用性
1986年、四国地区向けに登場した「国鉄最後の特急形」キハ185系気動車。JR四国初期のエースで、その後は観光列車や普通列車としても活躍。さらに一部は九州地区に移るなど、国鉄形にふさわしい汎用性を見せている。
寝台特急「はやぶさ」のロビーカー 画期的だった「走る談話室」
1985年3月のダイヤ改正で寝台特急「はやぶさ」に初めてお目見えした「ロビーカー」オハ24形700番台。ホテルのロビーを思わせるフリースペースの車両で、乗客にゆとりを提供した画期的なサービスは、長距離列車の客室設備の多様化の流れをつくった。
寝台特急「さくら」の存在感 絵本や映画にも登場の1列車
2005年2月末まで東京と長崎・佐世保を結んだ寝台特急「さくら」。ブルートレインの代表格として多くの書籍・雑誌、映画などに登場。列車番号も約33年にわたって東海道・山陽本線の客車列車のファーストナンバー「1列車(1レ)」で、存在感がひときわ大きい列車だった。
山手線ぐるっと100年、変わらぬワクワク感
2025年11月1日に環状運転開始から100年を迎えた東京のJR山手線。都心の主要ターミナルを結び、通勤・通学で利用する人はもちろん、地方から訪れた人も親しみを感じる路線だ。鉄道ファンにとってもおなじみで、ぐるっと1周する電車はいつも楽しい。
直流機なのに青くないEF67 個性が光ったセノハチ専用機
山陽本線の難所、広島県の「セノハチ」を越える貨物列車の後部補機として、国鉄末期の1982年に既存形式の改造により登場したEF67形電気機関車。「直流機=青色」という当時の常識を破る「もみじ色」と呼ばれた朱色塗装で、チョッパ制御を採用。デッキ付きの古風なスタイルとの組み合わせは独特の魅力があった。
京浜東北線の103系 80編成が支えた都会の日常
国鉄時代から首都圏の通勤形電車の「顔」だった103系。スカイブルー色の高運転台車が行き交った京浜東北線はその代表格で、80編成もの大所帯で通勤・通学輸送を支えた。ウグイス色の山手線との共演は国電でおなじみの日常風景だった。
営団地下鉄の小窓のドア 子どもには怖かった閉塞感
車外の様子が見えない、閉じ込められる—。かつて営団地下鉄(現東京メトロ)の車両で多く見られたガラス面積が少ない小窓の乗降ドア。子どもにとっては異様に高い位置にあり、車窓が見えない閉塞感は苦痛であり恐怖でもあった。
東北特急「あいづ」とケイブンシャの大百科
1970〜80年代、小学生らに人気だったケイブンシャ(勁文社)の大百科シリーズ。鉄道に関するものもずいぶんあり、「入門書」の役割を担っていた。かつて上野—会津若松を走った485系特急「あいづ」は、「特急大百科」の名鑑で一番最初に登場する列車としておなじみだった。
「サロンカーなにわ」ジョイフルトレインの華やかさを伝えた名優
国鉄末期からJR初期にかけて「ジョイフルトレイン」と呼ばれた団体専用列車用の車両が各地に登場した。大阪鉄道管理局が用意した「サロンカーなにわ」は草創期から約42年間活躍した人気車両だった。
東海道線東京口の211系 国鉄〜JR転換期を担った銀色の湘南電車
1985年の師走に新しい湘南電車がベールを脱いだ。20年以上続いた「東海顔」と呼ばれたデザインを改めた211系は、国鉄末期〜JR初期に近郊形電車のニュースタンダードとして注目を集めた。一方で、東海道線東京口では編成数がそれほど増えず、従来の国鉄形車両を全て置き換えるには至らなかった。























