リゾートサルーン・フェスタ~口を開けておしゃべりする個性派

「私はフェスタです…」。前面の大きな「口」が開いておしゃべりするようにメッセージを流した、JR西日本広島支社の団体臨時列車向け気動車「リゾートサルーン・フェスタ」。その強烈なキャラクターは1988年夏のデビュー時から注目され、たちまち沿線の人気者となった。

大きな口に大きな前面窓…独創的だったリゾート
サルーン・フェスタの外観=津和野駅、1988年

「こんど面白い列車が出るよ」。「フェスタ」の存在を初めて知ったのは、JR防府駅(山口県防府市)の駅員さんが見せてくれた資料だった。

外観イメージのイラストが添えられていて、魚をモチーフにしたという「顔」は漫画「オバケのQ太郎」に似た、えたいの知れない生物のように思えた。

実物を見た時はさらに驚いた。ニコッとしたりムッとしたり、口の開閉でいろんな表情を見せるのだ。左右のテールライトはまさに「目」で、鉄道車両なのに「君付け」したくなるような愛嬌(あいきょう)が感じられた。

口を閉じた状態の「フェスタ」。ちょっと「ムッ」
とした無愛想な表情に見えた=津和野駅、1988年
近寄って見ると、その大きな唇に圧倒
された=小郡(現新山口)駅、1991年

「フェスタ」は国鉄時代から走っていたキハ58・28形気動車を改造した3両編成で、定員は88人。グリーン車に変更され、形式はキロ59・29形となった。

前面の大きな口は空気圧で下唇を動かす仕組みで、その中にあるスピーカーで「おしゃべり」。内部にはLEDディスプレーもあり、列車名などのメッセージを流していた。

車内は360度回転できるリクライニングシートを並べた一般客室に加え、フリースペースの展望室とラウンジを設けていた。ミニシアターがあるなどAV装置も充実していて、社員旅行や商品発表会などのチャーター利用が想定されていた。

フリースペースのラウンジは華やかな印象。
カフェコーナーなども備えていた=1988年
前面・側面とも大きな窓だった展望室。定員
8人の狭い空間だったが、ハイデッカーの
構造になっていて開放感があった=1988年

臨時列車として走った時の居住性も良かった。デビュー直後は山口線の津和野から山陰本線に出て、東萩、長門市まで走る快速「ブルーライナー」として走った。

サンルームのような展望室はもちろん、ラウンジや一般客室のワイドな窓からも、コバルトブルーの日本海が楽しめた。

「フェスタ」側面の波を描いた2色の
帯も新鮮だった=長門市駅、1988年

「ジョイフルトレイン」と呼ばれた団体臨時向け車両は国鉄末期から各地で登場していて、JR西日本広島支社でも既に三つの列車があった。後発の「フェスタ」は商品としての飛び道具が必要だったのは想像に難くない。

だが、口を開けておしゃべりするアイデアは鉄道車両の枠を超えていた。その着想から決定までは実際どのような経過をたどったのだろうか。

現在でも「伝説のおしゃべり列車」などと話題になることがある「リゾートサルーン・フェスタ」。活躍期間はそれほど長くなかったが、唯一無二の存在感で鉄道ファンらに強いインパクトを残した。

bonuloco
東海道・山陽線の寝台特急に親しんだ元ブルトレ少年です。子どもの頃から手作り新聞を発行するなど「書き鉄」をしてきました。現在はブログ執筆を中心に活動し、ファンの視点から見た小さな鉄道史を発表しています。
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