車外の様子が見えない、閉じ込められる—。かつて営団地下鉄(現東京メトロ)の車両で多く見られた窓ガラスが小さい乗降ドア。子どもにとっては異様に高い位置にあり、車窓が見えない閉塞感は苦痛であり恐怖でもあった。
営団地下鉄の乗降ドアの窓は、1960年代初め頃までは他社並みのサイズだったようだ。しかし64年にデビューした東西線の5000系からだろうか、小窓のタイプが広まった。新形式だけでなく、既存形式の増備や改修でも採用された。
開放感がまるでなくバランスも悪く見えるが、ドア開閉時の手の挟み込みを防ぐための措置と言われている。車窓が見えにくいのは、あるいは地下鉄だからそれでいいと考えたのかも? この小窓を見ると、そう勘繰ってしまう。

に乗り入れていた。乗降ドアは改修で小窓化され、
背が低い子どもには不人気だった=小菅、1990年
この小窓ドアの車両は、筆者の幼少期には既に多く見られるようになっていた。よく乗ったのは千代田線の6000系や日比谷線の3000系だったが、乗車してドアが閉まると、目の前が突然「壁」になるのである。地下鉄の元々の閉塞感と相まって実に居心地が悪かった。このドアはおそらく、背が低い子どもたちには不人気だったと思う。
その後、東京を離れたため、営団地下鉄の車両は日常ではなくなったが、たまに訪れて乗る機会があると、身長が伸びるにつれて少しずつドアの小窓に目が届くようになった。その時の何とも言えない喜びは今でも鮮明だ。
学生時代には再び東京で暮らすようになり、営団地下鉄に乗ると、思い出の小窓ドアの車両もまだ走っていた。昔と同じようにドアの前に立つと、小窓を見る目線は子どもの頃とは逆に見下ろす位置に変わっていた。
苦痛であり恐怖でもあった営団地下鉄の小窓ドアの克服に、自身の成長を実感した。


