115系3000番台が刻む日常 夕暮れの山陽路2時間の旅

JR山陽本線で45年近くにわたって活躍してきた国鉄近郊形電車115系3000番台。後継車両への置き換えが近づく中、今も山口県内の岩国—下関間を走っている。徳山駅(周南市)から快適な転換クロスシートに揺られながら、ベテラン国鉄形車両の日常と風光明媚(めいび)な瀬戸内海の夕景を楽しんだ。

徳山駅で並ぶ山陽本線の115系3000番台(右)と
岩徳線のキハ40系気動車。橋上駅舎化され、昭和
〜平成初期のころと比べると発着風景は変わった

週末のJR徳山駅前は思いのほかにぎわっていた。パンやスイーツなどが並ぶマーケットが開かれ、若者たちの姿も目立つ。石油化学コンビナートを擁する工業都市として栄えた周南市だが、近年は中心市街地の空洞化が指摘されていた。

しかし、2018年にスターバックスや蔦屋書店が入る徳山駅前図書館を核とする複合施設がオープンし、「商都」としての活気は戻ってきているようだ。

徳山駅自体も橋上駅舎化され、新幹線改札側とつなぐ南北自由通路が設けられて大きく変貌した。一方で、在来線のホームは昔のたたずまいが残っていて、山陽本線を走る車両の運行拠点の一つになっている点も同じだ。

徳山駅に入線する下関行き3337M

懐かしい国鉄形に揺られるぜいたく

櫛ヶ浜方から、115系3000番台の下関行き普通列車3337Mが入線してきた。到着時には徳山出身の詩人、まど・みちおさんが作詞した童謡「一ねんせいになったら」のメロディーが流れる。没後10年以上たつが、こうした形で作品が息づいているのはうれしい。

徳山駅を17時27分に発車した列車は、コンビナートや新南陽貨物駅に留置された電気機関車に見送られて周南市を離れる。

工場群に見送られて富田川を渡る=徳山—新南陽
夕方の新南陽貨物駅にたたずむEF210形電気機関車

115系3000番台は1982年、地方都市圏で高頻度運転を行う「ひろしまシティ電車」の登場に合わせてデビューした。乗降ドアが両側2カ所で転換クロスシートが並ぶ客室は落ち着きがあり、普通列車としては今でもハイグレードな部類に入る。「40年選手」だが健脚の衰えは感じられない。

山口県内の山陽本線では、今もこの車両が主力だ。2扉転換クロスシートは朝夕のラッシュ時間帯こそ敬遠されがちだが、週末の夕方の県央部区間は乗客もまばらで、重厚なモーター音が響き渡る。鉄道ファンにとっては至福のひとときだ。

下関総合車両所下関支所の115系N編成は2026年2月時点で18本が在籍し、2種類の編成がある。一つは4両全てがオリジナルの3000番台で組まれた編成で、この日のN-11編成も含まれる。

もう一つは中間車両2両が117系から改造された3500番台となっている編成で、京阪神地区の「新快速電車」を出自とする車両は、内装がよりしっかりした印象だ。

客室中央部に転換クロスシートが並ぶ115系
3000番台。近年はブラウン系から赤色系モ
ケットに更新した編成が増えている=2019年

夕方の海辺の穏やかなたたずまい

周南市西端の戸田駅を過ぎると、山陽本線はしばらく並走した国道2号から離れて瀬戸内海沿いを走る。次の防府市東端の富海駅まで8.5キロの区間は、いくつかのトンネルを抜けるたびに雰囲気が異なる海が次々に現れて楽しい。

列車は戸田漁港を見下ろして進むと、四郎谷地区の入り江にさしかかる。SL時代からの山陽本線の名所で、東京を前夜に出発したブルートレイン、特に遅い時間帯を走る「あさかぜ」にはこの付近で、朝のキラキラとした陽光が降り注いだ。

115系3000番台から眺める日暮れ時の車窓は、ブルートレインの思い出とは打って変わって静寂だ。穏やかな波紋が広がる水面に黄金色の陽が照らされる。夏には子どもたちの歓声が聞こえてきそうな富海駅付近の海水浴場も人影は見当たらない。

戸田—富海間の名所、四郎谷の入り江。
日暮れ時の静寂が車窓から伝わってくる
瀬戸内海はさまざまな表情を見せる

列車は防府市内に入るころに日没となり、オレンジ色に染まった市街地と田園風景がとても美しい。子どもの頃この街で過ごした筆者にとっては日常だったはずだが、旅の視点で眺めるとこれほど違うものなのか。

「いつも通っている道、見慣れた景色だと思っても、もうほんとに驚くことばかり」

先述のまど・みちおさんがエッセイで語っていた言葉を思い出す。

夕日に染まる防府市内の車窓=富海—防府
「ミニ八ヶ岳」とも呼ばれる陶ヶ岳や火の山。
日没直後は特徴的な稜線が際立つ=四辻駅付近

「Kizashi」に受け継がれるもの

115系3000番台は、防府、新山口、宇部などの主要駅で乗客を入れ替えながら、淡々とリズムを刻むように終点・下関へとひた走る。土曜日だったせいか、車内には部活動帰りの高校生たちや新幹線から乗り換えてきた旅行客らの姿も見られる。

地味な普通列車ということもあるが、奇をてらわないベージュ系のインテリアは、沿線住民のさまざまな人生に寄り添う。

しかし、そんな国鉄末期の新車もデビューから45年近くが過ぎ、リニューアルされた内装も細部を見ると古さが見えるようになった。窓枠の金属部分にある落書きの傷などはまさに昭和時代の「遺物」で、長い活躍の証しのようにも感じる。

JR西日本は115系3000番台後継となる227系500番台「Kizashi」の導入を発表していて、3月3日には第1編成が配置先の下関総合車両所下関支所に到着した。今後試運転などを経て今夏から順次投入されることになっている。

新山口駅で宇部線105系電車を見送る。JR初期から
約30年間親しまれた塗色を復刻した編成も見られる
日が暮れた新下関駅を発車する3337M=3月

徳山駅から約113キロの道のりを1時間58分かけて走った115系3000番台は19時25分に終点の下関駅に到着する。隣には九州方面からの交直流電車415系1500番台が入ってきて、乗客はそれぞれの折り返し列車に乗り込んでゆく。「国鉄形」同士がリレーするこうした日常も、今後数年で過去のものになるであろう。

新型の「Kizashi」は「維新の陽光」をコンセプトとしていて、デザイン面では115系3000番台の後継とは感じられない。しかし、シリーズ最後発として地域に特化して登場するところはそっくりだ。

「Kizashi」は実績のあるシステムを採用するとともに、安全性や快適性を高めている。普通列車で大切なのは沿線住民にどうフィットし、暮らしをどうアップデートさせていくかである。

いよいよ姿を消すことになる国鉄形車両だが、公共交通機関としての使命は時代を超えてきっと受け継がれる。

下関駅で九州方面からの415系1500番台(奥)
と並ぶ115系3000番台。長年見られた国鉄形
車両の日常風景もいずれ「歴史」となる=3月

(取材2026年2月下旬)

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※車両の詳細(姉妹ブログ「れきてつ」)

※noteでは座席について書いてみました

bonuloco
東海道・山陽線の寝台特急に親しんだ元ブルトレ少年です。子どもの頃から手作り新聞を発行するなど「書き鉄」をしてきました。現在はブログ執筆を中心に活動し、ファンから見た小さな鉄道史を発表しています。
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