寝台特急「はやぶさ」のロビーカー 画期的だった「走る談話室」

1985年3月のダイヤ改正で寝台特急「はやぶさ」に初めてお目見えした「ロビーカー」オハ24形700番台。ホテルのロビーを思わせるフリースペースの車両で、乗客にゆとりを提供した画期的なサービスは、長距離列車の客室設備多様化の流れをつくった。

70年代後半から80年代前半にかけての東京—九州間の寝台特急は、鉄道少年を中心にブルートレインブームで沸く一方、新幹線博多開業や航空機など他交通機関の発達、国鉄の運賃値上げなどにより利用客離れが進んでいた。

「はやぶさ」に登場したロビーカーは既存車両の改造だったが、84年夏に「さくら」「みずほ」に投入されたB寝台4人用個室「カルテット」に続く、旅客ニーズの多様化に応えるテコ入れだった。

長時間過ごすことになる寝台列車には、就寝時間外にくつろげ、気兼ねなく懇談ができる設備が求められていた。ソファーや回転椅子を設けたロビーカーはまさに「走る談話室」「走るサロン」で、乗客からの評判も上々だったようだ。

ソファーなどが並ぶロビーカーの車内。
写真はB寝台車オハネ14形からの改造車
で、窓の大きさやインテリアが異なった

当時、日本最長距離を走る特急列車だった「はやぶさ」は、ロビーカーの連結により名実ともに国鉄の看板列車となった。

ブルートレインを追いかけていた鉄道少年たちにも人気で、筆者の通っていた小学校では、何人かがそれぞれ勝手に「推し」の列車を決めていて、「はやぶさ」は当然奪い合いになった。

ロビーカーの外観は、車体側面中央に追加された翼を広げたような派手な銀帯の装飾が目立ち、鉄道模型Nゲージでもすぐに商品化されるなど、抜群の注目度だった。

一方で「はやぶさ」へのロビーカー連結は、鉄道ファンに「副産物」ももたらした。編成重量の増加により東京—九州間の寝台特急けん引機がハイパワーのEF66形に交代したのだ。前任機EF65形1000番台に親しんでいた筆者はショックを受けたが、「ロクロクのブルトレ」は多くの人が抱いていた夢だった。

東京駅に入線する「はやぶさ」。ロビーカー
連結は、ハイパワーを誇ったEF66形電気機関
車のブルートレイン登板につながり「60.3」
はファンには忘れられないダイヤ改正となった

ロビーカーのようなフリースペース車両はその後、北海道へ直通した寝台特急「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」など、長距離列車に不可欠な設備となった。

今ではクルーズトレインはもちろん、観光列車にもフリースペースが設けられているが、それらを見るといつも「はやぶさのロビーカー」を思い出す。

オハ24形700番台は2009年の「富士・はやぶさ」廃止より先に引退したが、変革をもたらした車両は、国鉄〜JRのブルートレイン史に今もさんぜんと輝いている。

ロビーカーの翼を広げたような銀帯はよく目立
ち、24系25形編成の大きなアクセントとなった

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bonuloco
東海道・山陽線の寝台特急に親しんだ元ブルトレ少年です。子どもの頃から手作り新聞を発行するなど「書き鉄」をしてきました。現在はブログ執筆を中心に活動し、ファンから見た小さな鉄道史を発表しています。
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