国鉄時代から首都圏の通勤形電車の「顔」だった103系。スカイブルー色の高運転台車が行き交った京浜東北線はその代表格で、80編成もの大所帯で通勤・通学輸送を支えた。ウグイス色の山手線との共演は国電でおなじみの日常風景だった。
103系の高運転台車は1974年に登場した。山手線と京浜東北線への自動列車制御装置(ATC)導入に向けた車両で、70年代後半から80年代にかけての国電はこの先頭車が多く見られた。中でも京浜東北線は約80編成が集まる同系の一大拠点だった。

鉄道の知識が乏しかった子どもの頃の筆者には、京浜東北線の103系はどの編成も同じように見えた。田端—品川間で並走する山手線に85年、ステンレス車体の205系が投入されると銀色に輝く新型ばかりを追うようになり、地味な103系は日常風景の一部と化した。
同系の思い出といえば、駅ホームへの階段を急ぐ乗客に駆け込み乗車を諦めさせるような、「プシュッ」と響く豪快なドア閉め音くらいだった。
しかし、京浜東北線の103系をよく見ると、古い低運転台タイプの先頭車が中間車として押し込まれているなど、国鉄通勤形電車史を掘り下げるには興味深かった。正直もっと丁寧に見ておけばよかったと思う。

通勤通学の足として長年親しまれた=1994年
最も心に残っているのも子どもの頃のちょっとしたことで、ブルートレイン「あさかぜ1号」の車内から眺めた、品川—川崎間で並走するシーンだ。すっかり日が暮れた鉄路に浮かび上がる103系の明かりと、お疲れ気味に見えた満員の通勤客—。ありふれた日常ながら、40年以上たった今でも鮮明だ。
暮らしの中の鉄道は普段あまり意識しない。それは「つまらない」のではなく「溶け込んでいる」からだろう。京浜東北線の103系の思い出も、何気ない出来事とともに刻まれている。
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