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寝台特急「はやぶさ」のロビーカー 画期的だった「走る談話室」
1985年3月のダイヤ改正で寝台特急「はやぶさ」に初めてお目見えした「ロビーカー」オハ24形700番台。ホテルのロビーを思わせるフリースペースの車両で、乗客にゆとりを提供した画期的なサービスは、長距離列車の客室設備の多様化の流れをつくった。 -
寝台特急「さくら」の存在感 絵本や映画にも登場の1列車
2005年2月末まで東京と長崎・佐世保を結んだ寝台特急「さくら」。ブルートレインの代表格として多くの書籍・雑誌、映画などに登場。列車番号も約33年にわたって東海道・山陽本線の客車列車のファーストナンバー「1列車(1レ)」で、存在感がひときわ大きい列車だった。 -
「サロンカーなにわ」ジョイフルトレインの華やかさを伝えた名優
国鉄末期からJR初期にかけて「ジョイフルトレイン」と呼ばれた団体専用列車用の車両が各地に登場した。大阪鉄道管理局が用意した「サロンカーなにわ」は草創期から約42年間活躍した人気車両だった。 -
「あさかぜ3・2号」身近な存在だった山陽ローカルブルートレイン
かつて東海道・山陽本線を走った寝台特急の中で、「あさかぜ3・2号」(東京—下関)は九州に乗り入れず広島で後部6両を切り離すなど、一般的には存在感が薄いイメージがある。しかし山口県内では、点在する中小都市を結ぶ「山陽ローカル特急」として身近なブルートレインだった。 -
昔ながらのブルトレスタイル 寝台急行「銀河」のノスタルジア
東海道本線の伝統列車の一つだった寝台急行「銀河」(東京—大阪)。新幹線を補完する夜行列車として長く利用され、晩年には往年のブルートレインらしさを残すことでも人気があった。 -
老舗の誇りを感じた「博多あさかぜ」国鉄末期のグレードアップ
国鉄末期の1987年春までに、金帯3本を巻いた24系グレードアップ編成に衣替えした東京—博多間の寝台特急「あさかぜ1・4号」(博多あさかぜ)。2人用B個室寝台やシャワールームが設けられ、食堂車など編成単位の内装を一新。快適性を向上させた「老舗ブルートレイン」の変身は大きな話題を呼んだ。 -
山陰本線50系鈍行列車~着飾らない汽車旅
国鉄からJRに変わって1年が過ぎた1988年5月、山陰本線を訪れて50系客車の鈍行列車に乗った。電車や気動車と異なる軽やかな走行音と、客室の窓を開けて眺める日本海。一般形客車ならではの「着飾らない」汽車旅が味わえた。 -
12系レトロ客車~SLやまぐち号活性化の立役者
「お好きな時代にタイムトリップ」。JR山口線を走る「SLやまぐち号」の活性化のため1988(昭和63)年夏にデビューした12系レトロ客車。趣向を凝らした5種類の客室は、蒸気機関車だけに頼っていた人気を列車全体に広げ、SL列車に乗る楽しみを演出した。 -
SLやまぐち号で走った一等展望車マイテ49 2~レトロ演出の先駆け
1938(昭和13)年に製造され、東海道本線を中心に特急「富士」「つばめ」「はと」などで活躍した一等展望車マイテ49 2。61年の引退から四半世紀、国鉄分割民営化を控えた87年に本線復帰した。JR山口線の観光列車SLやまぐち号にも連結。懐かしさと気品にあふれる姿は大きな話題を呼んだ。 -
国鉄末期、山陰本線松江駅で見た旧型客車の記憶
1985(昭和60)年8月、松江駅(島根県)で寝台特急「出雲1号」と急行「さんべ」を撮った時、くすんだ青色の鈍行列車を見かけた。貫通扉がなくむき出しの最後尾、車体中央には「出雲市行」と書かれたサボと呼ばれる行き先板を付けていた。当時山陰本線に残っていた旧型客車だった。 -
乗らなかった20系客車への憧憬
2015年まで60年近くにわたって親しまれたブルートレイン。「象徴」といえば20系客車になるだろう。一時代を築いたが、80年代になるとその後登場した車両と比べて見劣りするようになり、「急行」として運転されるケースが増えていた。
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