鉄道少年が見た情景– category –
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寝台特急「はやぶさ」のロビーカー 画期的だった「走る談話室」
1985年3月のダイヤ改正で寝台特急「はやぶさ」に初めてお目見えした「ロビーカー」オハ24形700番台。ホテルのロビーを思わせるフリースペースの車両で、乗客にゆとりを提供した画期的なサービスは、長距離列車の客室設備の多様化の流れをつくった。 -
寝台特急「さくら」の存在感 絵本や映画にも登場の1列車
2005年2月末まで東京と長崎・佐世保を結んだ寝台特急「さくら」。ブルートレインの代表格として多くの書籍・雑誌、映画などに登場。列車番号も約33年にわたって東海道・山陽本線の客車列車のファーストナンバー「1列車(1レ)」で、存在感がひときわ大きい列車だった。 -
山手線ぐるっと100年、変わらぬワクワク感
2025年11月1日に環状運転開始から100年を迎えた東京のJR山手線。都心の主要ターミナルを結び、通勤・通学で利用する人はもちろん、地方から訪れた人も親しみを感じる路線だ。鉄道ファンにとってもおなじみで、ぐるっと1周する電車はいつも楽しい。 -
直流機なのに青くないEF67 個性が光ったセノハチ専用機
山陽本線の難所、広島県の「セノハチ」を越える貨物列車の後部補機として、国鉄末期の1982年に既存形式の改造により登場したEF67形電気機関車。「直流機=青色」という当時の常識を破る「もみじ色」と呼ばれた朱色塗装で、チョッパ制御を採用。デッキ付きの古風なスタイルとの組み合わせは独特の魅力があった。 -
京浜東北線の103系 80編成が支えた都会の日常
国鉄時代から首都圏の通勤形電車の「顔」だった103系。スカイブルー色の高運転台車が行き交った京浜東北線はその代表格で、80編成もの大所帯で通勤・通学輸送を支えた。ウグイス色の山手線との共演は国電でおなじみの日常風景だった。 -
営団地下鉄の小窓のドア 子どもには怖かった閉塞感
車外の様子が見えない、閉じ込められる—。かつて営団地下鉄(現東京メトロ)の車両で多く見られたガラス面積が少ない小窓の乗降ドア。子どもにとっては異様に高い位置にあり、車窓が見えない閉塞感は苦痛であり恐怖でもあった。 -
東北特急「あいづ」とケイブンシャの大百科
1970〜80年代、小学生らに人気だったケイブンシャ(勁文社)の大百科シリーズ。鉄道に関するものもずいぶんあり、「入門書」の役割を担っていた。かつて上野—会津若松を走った485系特急「あいづ」は、「特急大百科」の名鑑で一番最初に登場する列車としておなじみだった。 -
「サロンカーなにわ」ジョイフルトレインの華やかさを伝えた名優
国鉄末期からJR初期にかけて「ジョイフルトレイン」と呼ばれた団体専用列車用の車両が各地に登場した。大阪鉄道管理局が用意した「サロンカーなにわ」は草創期から約42年間活躍した人気車両だった。 -
東海道線東京口の211系 国鉄〜JR転換期を担った銀色の湘南電車
1985年の師走に新しい湘南電車がベールを脱いだ。20年以上続いた「東海顔」と呼ばれたデザインを改めた211系は、国鉄末期〜JR初期に近郊形電車のニュースタンダードとして注目を集めた。一方で、東海道線東京口では編成数がそれほど増えず、従来の国鉄形車両を全て置き換えるには至らなかった。 -
山陽本線115系550番台 本州西端を走った短い2両編成
国鉄時代に長大編成が行き交った山陽本線も、「ひろしまシティ電車」の登場を経てJR西日本に移行すると各地域ごとに見直された。山口県内を走っていた115系近郊形電車は1989年に最短の2両編成も登場した。 -
関門や九州に定着したEF81形400番台ローズピンクの彩り
関門トンネル専用機として活躍したEF30形の老朽化が進んだ国鉄末期の1986年、後継機として用意された交直流電気機関車EF81形400番台。ステンレス無塗装の銀色からローズピンク色の車体へ—。下関—門司間の鉄道風景は一変し、JRに移行後は九州各線にも足跡を残した。 -
0系6両編成「こだま」 山陽新幹線を変えた元祖「ミニ新幹線」
2025年3月10日に全線開業50周年を迎えた山陽新幹線。当初は東海道区間と一体化された地味な存在感だったが、国鉄末期の1985年に短い6両編成の0系「こだま」が登場。近距離都市間移動のニーズに応えた短い新幹線は、山陽区間の独自性を高め、その後の利便性向上のきっかけとなった。
